「宇宙大怪獣ドゴラ」にエヴァの原点を見る

 自作映像関係の投稿が続く中、久々の論評です。

 さっきCSの日本映画専門chで「宇宙大怪獣ドゴラ」を放映してましたが、特撮好きの私としては不覚にも、ドゴラは今回が初見でした。まあ、東宝特撮でも恵まれない作品はなかなか観る機会がないもので、「決戦!南海の大怪獣」とか「エスパイ」とかも未見だったりします(「ノストラダムスの大予言」は鑑賞の機会自体が難しいですが)。
 東宝特撮DVDブックを買えばいいのに、という突っ込みはスルーして。

 で、「ドゴラ」を一見したところ、何か雰囲気が違うんですよね、撮り方が。
 いつもの円谷・本多コンビ、そして関沢新一脚本なのに、特に特撮シーンが東宝ぽくない、というか、これまで目に親しんできたアングルと微妙に違うんです。例えば戦闘機の飛行シーンにしても「地球防衛軍」ではF86Fの編隊を延々とロングで捉えながらも凄い緊張感が伝わってきたのに、「ドゴラ」では離陸にしろ展開にしろ、ちょっと間の外れた印象を受けるんです。もちろん過去作と同じ撮り方を避ける方法論を執ったとは思いますが、後述する怪獣ドゴラのイメージが怪獣のカテゴリーから外れているのでか、作劇の構成が従来と異なっているからか、どうもしっくりこないんです。後々に出てくる東宝超兵器も、「海底軍艦」と「サンダ対ガイラ」に挟まれれば霞んでしまいます(時系列では「モスゴジ」と「三大怪獣」の間です)。

 でもそういった違和感は、「ドゴラ」を東宝特撮の(子供向け)カテゴリーに無理やり押し込めるから来てしまうのであって、単体の一般映画として観た場合、世間で言われるような駄作だとは到底思えません。
 むしろSF映画として捉えれば、当時の日本映画では極めて挑戦的な快作と私には映ります。ただ挑戦的だからこそ、未消化な側面が散見されるのは仕方ないことですが。

 その挑戦的な側面、怪獣ドゴラのイメージ、これがSF的にはなかなかgoodなんです。宇宙から大量に飛来するクラゲ様の謎の生物。炭素を地表より吸い上げ(炭素化合物が宙に上昇する画づらはシュールで最高!)、触手で鉄の大橋を持ち上げる大技を見せたり、あるいは透明な肉塊群となって大気中を浮遊する。変幻自在な変貌振りは民衆や対策にあたる当局を悩まし、物量砲火では太刀打ちできず終局は科学者発案の化学戦法で退治に至る。
 同時に、ドゴラとは別個に日本で暗躍するダイヤ強盗団を追う、警察と国際調査員の活躍がカット・バック。ダイヤが炭素の純粋結晶という組成が両者をリンクさせる鍵となり、ドゴラへの対応策が苦しいながら強盗団の掃討にトドメを刺す、という流れ。
 純粋な怪獣映画とすれば一本レールから外れた感じですが、SFアクション映画としては全然アリです。しかし、当時の日本はSF映画=怪獣映画であり一般映画からするとランク下ですので、それからも外れているとなると確かに評価のしようかない訳です。今では「ブレードランナー」やタルコフスキー以降、ビジュアルとともに文脈を楽しむSF映画が浸透してますが、東宝特撮のラインにある以上評価がマニア方向で高いのも仕方がありません。

 しかし、今回「ドゴラ」を見てて何か、既視感を覚えたんです。不定形な謎の生物、陰で暗躍する敵組織、そて東宝特撮の中でも密度の高い科学的対処作戦………。

 あっ、「新世紀エヴァンゲリオン」と重なるではないですか。

 もちろんエヴァは「ウルトラシリーズ」や東宝特撮のインスパイア産物ですから、これらのどこを採ってもエヴァに似てくるのは全く不思議ではありませんが、怪獣ドゴラのイメージが東宝作品の中ではエヴァの使徒と特にシンクロ率が高いように見えて仕方ありません。
 触手で攻撃するさまは第四使徒シャムシエル、クラゲ状形態の不気味さはサハクィエル、アラエル、分裂し増殖する様はイロウル、そしてどう転がるかわからない浮遊様態は前述のほかラミエル、レリエル、アルミサエルと、それぞれイメージが複合してたりしています。
 ドゴラ以外の東宝怪獣は、子供もわかりやすくするため割とビジュアルがしっかり固定しています。ウルトラシリーズにしてもQのバルンガ、マンのブルトン、帰マン(懐かしい呼称でしょう)のバギューモンと不定形生物は存在しますが、ドゴラ並みの変幻自在とは行かず(エヴァ後の実相寺逆輸入、使徒獣・魔デウスは置いといて)、またドゴラはそれらの原型でもあり、使徒をデザインする際に意識されたのは間違いないでしょう。
 対処作戦にしても、エヴァでも物量にモノを言わす攻撃が大半ですが、心理戦にも近い組成の読み込みは第拾参話「使徒、侵入」を彷彿とさせますし、使徒の組成を探る展開も近似値ながら重なります。
 ダイヤ強盗団とNERVを重ねるのは無理があるように見えますが(ネルフの原型は「謎の円盤UFO」のSHADO)、不気味で無様な仲間たち振りはラインに沿っています。天本英世氏演ずる団長が、マヌケ寄りのゲンドウにも見えます。

 しかしもっとも不気味なシンクロを示すのはドゴラの様態と同時に、締めの落ちネタです。宗方博士が学会で渡航する際、「宇宙細胞の平和利用を」と告げます。しかしドゴラの特性はこの段階ではそのままだし、保存運搬に適した不活性化はどんな形?
 さしづめベークライトで固めて?
 エヴァのイメージ、そしてアダムの運搬エピソード自体、「ドゴラ」の後作の「フランケンシュタイン対バラゴン」が明らかなモデルになってますので、庵野さんたちの脳裏ではその流れが存在しているはずです。
 そもそもエヴァの運用形態は原発がモデルにされていて、この時代はまだ核の平和利用という言葉が明るい方向に向いていましたから、作劇者の立場からすればその裏で、ドゴラの細胞が軍事転用される可能性も読み取れてしまいます。
 しかも国際調査員が(この人の台詞は吹き替えでなく、直にたどたどしい日本語なのも全体にポイント高いですが)日本側の主人公たちが翻弄されていたのは、調査員側の囮作戦でもあった、と漏らします。だいたい実体を見せない分、国際ダイヤ保険協会というのも強盗団並みに怪し過ぎで、まるでネルフと加持とゼーレの裏三つ巴です。そこにダイヤとリンクする使徒みたいなドゴラが介入してきて、しかも深読みすればドゴラ再来の可能性も捨て切れません(そのあたりはヘドラに反映されています)。

 東宝特撮でエヴァの下敷きになっているのは、他にも「モスラ」「世界大戦争」「妖星ゴラス」などが挙げられ、エヴァ対使徒、エヴァ対エヴァの壮絶さ、悲愴さはまさに「フラバラ」「サンダ対ガイラ」から導かれていますが、使徒の不定形で不気味なイメージが私には、国内ではこれまで見出せなかったのです。その穴を埋めたのが、さっき見た「宇宙大怪獣ドゴラ」だったんですよね。
 ああすっきりした。

 本当はエヴァの凄まじい突っ込みどころとして、以前より「死海文書」のことを挙げたいと思っているのですが、これ本気でやりだすと直な原典とガチなキリスト教から入りますので、世に流布するエヴァ本よりも遥かに深い分析(深読みでなくて)で本の二、三冊は費やしそうですので、今は止めます。ON AIRで視てた時リアルの神学を学んだ学徒として、エヴァの設定に対し「マジかよ!」を大連発してましたから。バチカンに訴えられないか、と本気で心配してましたし(まあ「薔薇の名前」とか「ダヴィンチ・コード」とか平気で出ましたから杞憂でしたが)。

 先日の上映会のレポートを載せるつもりが、勢いでこんな記事が先行してしまいました。結論を言えば、興行的に大惨敗です。いずれ書きます。
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  # by miyazawa_hideo | 2012-12-06 04:01 | アニメ評論

「特撮博物館」宮澤英夫活用研究に8mmフィルムで現わる!


「特撮博物館」全国巡回展示決定記念、「巨神兵東京に現わる」ミニチュアセット8mmフィルム撮影映像をテレシネリマスター、再構成しました!
映像も伴奏も前回よりパワーアップしてます!ぜひ御覧ください!!
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  # by miyazawa_hideo | 2012-11-25 01:04 | 新作映像

12月1日に佐賀市歴史民俗館で、再び8mmフィルムのイベントを敢行します。

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日時、会場、連絡先は上掲ポスターの通りです。

現在、イベントで上映が確定している作品をリスト形式で紹介いたします。

「私立戦隊西南Ⅴ」第2話OPアニメ(4分) 監督 原 俊夫 (はら としお)
  ・1984年(8mm・ビデオ上映)西南学院高校有志 製作
「日々好日」(15分) 監督 宮澤英夫(みやざわ ひでお)
  ・1989年(8mm・モノクロ)九州大学映画研究部 製作
「hi-lite」抜粋(7分)監督 墨岡雅聡(すみおか まさあき)
  ・1986年(8mm・ビデオ上映)西南学院大学映画研究部 製作
               ぴあフィルムフェスティバル 入賞
「特撮博物館『巨神兵東京に現わる』ミニチュアセット」
  ・2012年(8mm)撮影 宮澤英夫(2分)  
「死刑代執行人」(30分)監督 宮澤英夫
  ・2102年(8mm) 宮澤動画工房 製作

 fbページにても各種情報を公開いたしております。
大活動寫眞會 弐 REAL FILM FESTIVAL ~ビデオからフィルムへ~
http://www.facebook.com/events/297348630364910/
 

 フィルムの存亡に関するシンポジウムを、併せて行ないます。
 他にも上映を予定している作品がございます。お楽しみに
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  # by miyazawa_hideo | 2012-11-23 13:59 | 上映会告知

知らぬ間に「ねらわれた学園」がアニメ化に+原田知世ドラマ版解説の再録

 ども、「宮澤英夫活用研究」の久々の更新です。

 一応アクセス解析は欠かさず見ているのですが、「最近、私の投稿した『ねらわれた学園』の検索数が多いな」などと思っていたら、なんと劇場アニメ化するんですね。

 最初は「なぜ今!」と思い、公式サイトを開いてみたら、「ああ、今風になってる」と感じました。
 確かに今アレを映像化するに当たり、「生徒会vs生徒有志」なんて対決構造、今世の中高生にはピンと来ないですよね。
 しかも原作や過去の映像化でカッツリ悪役だった京極が、まさに「涼宮ハルヒの憂鬱」の古泉みたいな謎の少年になってます。いや、古泉だけじゃなくSOS団のハルヒとキョン以外の「世界の実相めいたものを知らしめる者たち」の役割を果たしているような。
まだ公開前で本編を観ないことには具体的な言及は出来ないですが。

 さまざまなサイトを散見する限り、公開時のレビューを確かめてみないと劇場に足を即運ぶ気にならないでしょうが、何らかの形では観ることにしています。
 ていうか、恐らくカホリが高見沢みちるの立ち位置にあたるのでしょうが、これでは確実に違ってくるようですね。

 ということで、リンクを貼るより百聞は一見にしかず、と原田知世テレビドラマ版の解説記事を直接貼り付けます。
 たぶんアニメに触れる観客は原作や過去作をご存知ないでしょうから、参考資料程度に。

<原田知世版「ねらわれた学園」の超展開の内分けの記事再録>

 やはり今回ので高見沢みちるとか、生徒会がどういう描かれ方をしているのかは気になりますから。
 まず原作はSF作家、眉村卓先生のジュブナイル小説。だいぶ前にNHKの30分枠で原作準拠のドラマが作られ、それをベースに大林宣彦監督が薬師丸ひろ子主演で角川映画化されまして、一般に「ねらわれた学園」といえばこちらが出てくるようです。内容は原作と違いフルにサイキックバトルらしく、私は未チェックですが他の方のレビューによると「尾道シリーズ」以前の大林特撮全開だそうで、アイドル映画の域は越えなかった、とあります。
 そして、薬師丸ひろ子さんに次ぐ角川三人娘の一人、原田知世さんを主演にテレフィーチャー(実質PV)したのが問題のTV版ですが、これは映像的には大したことはなかったものの、その脚本構成には現在でも通用するほどの鬼気がこもっていた、と私は考えます。

 お話は今も絶えることなく作られる生徒会もので、本作品は恐らくその源流、さらにいえば嚆矢、つまりオタク向け生徒会ものの元祖と言ってよいのでは、と思います。ちなみに当時、生徒会ではないものの学校側権力に生徒が対抗する類の映画が、大人向けには少々あったようです。

 話は原田さん演ずる中学生、楠本和美がある日突然超能力を得(机から落とした鉛筆を途中で止める、なんて画を原始的なビデオ合成で処理してましたが)、同時に校規を正すべく生徒会が力を得、その生徒会長、あの「大映ドラマの女王」伊藤かずえさんが演じる高見沢みちるを中心に強権的な管理体制を敷こうとし、それに和美やBFの関耕児たちが対抗し学園内外で闘争を繰り広げる、というものです。
 ちなみに、この伊藤さん演じるみちるをモデルにして、当時から原田知世ファンだったゆうきまさみ先生が月刊OUTで発表した、モロなパロディ「時をかける学園(ねらわれたしょうじょ)」の中に伊藤かずえさんのビジュアル込みでコピーしたキャラを出し、それをベースにして代表作「究極超人あ~る」の強権会長「西園寺まりぃ」が作られたのです。

 この作品はラスト以外にも伝説が多く、みちる会長に阿諛追従する気弱メガネ少年が「いわゆるオタク」っぽかったり、みちること伊藤かずえさんがスタンドインなしで蛇の生つかみを平然とこなしていたり、この作品のラスボスである未来から来た超能力者、京極とみちるが山中で密会して話をする時、どちらかが宙に浮いてたりするのです。しかも密会の画像がさっき述べた汚い合成処理だったりして、なにしろ低予算TVなのでビジュアル面は逆のインパクトはあったものの、番組総体としてはお粗末なものに見られていた節があったようです。しかし私はブラウン管上に漂う独特な雰囲気、そして知世さんのひたむきさと伊藤さんの雄雄しい存在感に惹かれ、この時期のドラマにしては結構追って観ていました。

 そして本当の最終回に、奇跡が起こったのです。
 低予算的なバトルが繰り広げられた後、京極は強大な力を持ち好意も寄せている和美を無理やり未来に連れて行くことになります。そして京極を好きだったみちるは現代に残ることになり、みちると関は空中に消える二人を見送ります。もちろん関は和美のことを好きであり、「和美は行ってしまったな」的なことばをみちるに漏らすと、みちるはこれまでにない穏やかな笑顔で、
「いいえ、私はここにいるわ」
原田知世(楠本和美)的に言うではないですか!
 そして戸惑いながら「じゃあ、本物の会長は?」的なことを関が訊くと、伊藤かずえさん演ずる高見沢みちるは、こんな風なことを言います。
「高見沢さんは、京極さんと一緒よ」
え~~~~~~~
 一方、京極の腕に抱かれ時間を越える、知世さん演じる和美の姿かたちが映り、その彼女は心の内でこんな感じなことを内心つぶやくのです。
「これからも京極さんと一緒で、幸せ」
 そして和美と関は空を見上げながら、時空を超えた二人に想いを馳せてEND。

 つまり二人は、同意の上で互いの意識を交換し、自分とは異なる他人の体で生きていくことを自ら選んだのです。ただ、好きな人のそばにいたいがため。


 当時これをリアルタイムで観ていた小学生の私はブラウン管の前で凍りつき、
そんなのありかよ~~~
 現代で言う、まさしく超展開ですね。私も幾百本もの映画・アニメ・ドラマ等のストーリーコンテンツを蓄積した今となっては、画作りの荒さを差し引いても充分評価に値する作品だと認識しています。そしてこの作品との接触を機として、私の中で原田知世さんと伊藤かずえさんのステータス上昇はだだ上がり、天井知らず状態になりました。特に伊藤かずえさんは悪役女優ではありません、美しい仕事師です。

 恐らくこの超展開のベースになっているのは、児童小説「オレがあいつであいつがオレで」を映画化した大林監督作品「転校生」なのでしょうが、本作やその他の「オレあいつ」系統の作品は「入れかわった体を、何としても元に戻す」というのがメインコンセプトになっており、観客のこちら側もそういう流れが当たり前だと思っていたところ、知世版「ねら学」は「意識が入れ替わってても、それで良ければそれでいい」という、相田みつを先生真っ青の空前なオチを突きつけてきたのです。
 当時まだ小学六年あたりだった私は、何がどうなってんの状態で正直訳わかんなかったです。

 そして今や幾百本ものコンテンツを頭中に収め、創作作品に対する分析能力も研鑽した私には、その構成意図はもはや明白です。
 しかしなぜ'80前半のTVでこんな超展開が可能だったのか長いこと謎でしたが、このたび改めてスタッフを確かめると大納得、脚本筆頭(恐らく今で言うシリーズ構成)が伊藤和典先生だということです。
 そういうことなら後年「うる星やつらビューティフルドリーマー」が先進コンテンツとして頭角を現したのも自明ですし、私もこれをリアルタイムで観て、まったく違和感無く受け入れられたのもうなづけます。
 しかも「体が替わっても意識が保てていれば人間存在として自己同一性は存続する」というサイバーパンク的な命題は、「攻殻機動隊THE GORST IN THE SHELL」にしっかりと引き継がれています。

<再録おわり>

 今回のアニメ版とは雰囲気がかなり違いますね。ラノベとか今のマンガの生徒会はもはや遊び場と化していますから、対決相手という認識は薄いでしょう。リアルな学校でも行き過ぎた管理を強行する生徒会なんて存在しませんし。
 アニメで何らかのバトルがあるにせよ、過去作のような超能力総力戦にはならないでしょう。「ハルヒ」のように、もっとメンタルな部分の葛藤が落とし所かも。

 にしてもドラマ版の露出ほぼ無し!せっかくの機会なので配信かDVD-BOX化求む!

 あそれと、12月1日に昨年と同じ場所で再び8mm映像イベントを行ないます。まだ決め事や情報整理が少ないので具体的な告知は出来ませんが、簡単なお知らせまで。

 
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  # by miyazawa_hideo | 2012-11-01 14:02 | アニメ評論

特撮博物館「巨神兵東京に現わる」のミニチュアを8mmフィルムで撮影!


特撮博物館の「巨神兵東京に現わる」ミニチュアセット撮影ブースを、なんと8mmフィルムで撮ってしまいました!

かの「愛國戦隊大日本」や「DAICON帰ってきたウルトラマン」と同じ映像フォーマットです。
スタジオ照明に対し低感度フィルム(singli-8 R25N)を用いたため露出過少やピンボケがございますが、何とか鑑賞に堪えるよう宮澤動画工房の映像ラボにて最低限の処理をいたしました。
使用した8mmカメラは、なんとあの島本和彦先生も大阪芸大時代に使用されていた、fujica single-8 P300です。

そして何より、特撮を撮るならフィルムでしょう!
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  # by miyazawa_hideo | 2012-10-02 12:15 | 新作映像

東京土産その壱・島本和彦先生のアオイホノオ再燃!

 私は例年、通常人の夏休み期間に東京に出向いて、情報収集や資材調達を遊びがてらに行なうのですが、今年も行って参りました。
 しかし今年は例年になく、いろんな意味で濃い出張となりました。がっつり8mm等フィルム関係のレポートは8mm技術保存研究所/宮澤動画工房に載せることにしますが、それ以外(むしろこっちが濃かった)の東京見聞録を披露いたします。

 まずはコミックマーケット82に行って参りました。 東京ビッグサイト!
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 東京ビックサイト参上は初めてでしたが、別に晴海時代も先年のワンフェスも経験していますので、渋滞や待ちも普通にこなしてました。スケジュールの都合で3日目(8月12日)それもピンポイントでしか廻れませんでしたが、結果的に大収穫というかマグロの大魚群に遭遇する勢いでした。
 次の写真をご覧ください。
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 マンガ好き、そして8mm好きの方にはお宝写真。8mmカメラfujicaP300を構えていらっしゃるのは、「吼えろペン」「アオイホノオ」で有名なマンガ家、島本和彦先生です。
コミケに今年も出品されると聞き及び、島本先生は大阪芸術大学(マンガでは大作家芸術大学)だったから8mmも撮られていただろうと、賑やかしのつもりでブースにP300を持って行ったら、先生ご自身がこれを見て尋常ならざる様子で寄ってきて「これ俺の使ってたカメラじゃん!」、と素に戻り『カメラとフィルム(R25N)の』写真をバシバシ収め、えらく感謝されました。
 そしてこの画を頂いたのです。

実はその前日、仲良しの岡田斗司夫氏と「アオイホノオの真実」という対談が行われ、その中で「いずれマンガで書くけどさ俺、庵野や赤井先生に対抗しようと、凄い8mm映画撮ろうとして大失敗したんだよ」と涙ながらに語られていたのを、この翌翌日に初めてネット動画で知りました。
しょうがないとはいえ古傷をえぐる形になってしまいましたが、喜んで頂いたのでまあいいかな、と島本先生に感謝しております。

 しかしよく考えてみると、対談の動画で「アオイホノオ」で先生が8mmアニメを作ってることをいずれ書く、とおっしっゃていて、先生から直に「探してもないんだよこれ(たぶん北海道では)」と聞き及んだので、ひょっとしたらその際の8mmカメラ作画用の資料としたかったのかも知れません(超勘ぐりですが)。

 島本先生のP300を構える指の陰に、「あの夏で待ってる」のロゴが見えています。実はこれ自作で、『あの夏』は主人公たちが8mm扱ってるアニメだから記念特別ラッピングP300とか出ないかなー、と期待してたのですがそんなことは有り得ず、なら自分で作ってしまおうと取り込み画像処理で出力しました。大きく貼るとバカみたいなので、マークテーピングレベルで済ましたつもりでした。
b0182666_2221297.jpg ところが8mm恐るべし、その日はアニメ二次創作はなかったのですがやはり「あの夏」で惹かれた方が寄って来たり、またP300自体に着目し、「シングル8ってまだあるんですか?」と恐らく8mm(特に特撮)世代の方々からお声をかけられました。 何せ、8mm映画といえば80年代のおたくにとってトラウマですから。島本先生がさっき話に出した動画で「くやしい!」を涙ながらに連呼されていたのも、あの時代を知る人間にとっては「わかる、わかる」なのです。
 あと、このカメラをまさに「あの夏で待ってる」の企業ブースに持っていくと、最初はノーレスポンスでしたが「カメラが描いてあるグッズはないか」と問い詰めて、「要はこんなのが描いてあるヤツです」とP300を見せると、「あ!現物ですか?」とさすがに向こうも気付いて少しビックリされました。

 もちろん先生の御本も購入いたしました。「シマキュア3,4,5,6」「きのうの島本さん15」まさに端から端まで状態で、特製トートバック込みでした。宿に帰ってから一読したところ、これがバカみたいに面白かったのですが、その辺りは次のコミケレポートに併せて紹介する予定です。
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  # by miyazawa_hideo | 2012-09-11 03:42 | コミックマーケット

3.11再び!

3.11!
 私の誕生日、というか、東日本大震災一周年ですよ!
 もう正直、私の誕生日を祝って欲しいというより、被災地の復活を願いたいですよ!

東北補完計画!
Wish for recovery of Japan!

 3/17、来襲の土曜日、佐賀市内のミニシアターにて佐賀大学その他主催のImageforce2012という自主制作映画上映会かあります。それに私も新作8mm映画を上映することになってまして、こちらは期日が迫ったまた後日にご紹介いたしますが、現時点での詳細は上のリンクから伺えますので、請うご期待。では。
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  # by miyazawa_hideo | 2012-03-11 03:50

「けいおん!」マンガ版に今さらハマる

 前回、ハガレンネタを分割して継続する、と書き切りましたが、今回の更新は思いっ切りハズれて「けいおん!」ネタです。マニフェスト破り、と謗られても仕方ありませんが、まあ「善は急げ」「待てば海路の日和有り」てなもんですか。

 さて私、アニメ版の「けいおん!」はon air時に、すべてDVDで check済みなのですが、アニメの印象が障碍となったのかマンガ版に指を伸ばすという発想が微塵もなかったのです。
 ところが先日、某大型全国規模古書屋でこれの一巻を見つけ、定価の半値以下だったので即買い、帰って一通り目を通してみました。
 しかし現在も劇場版が好評公開中だというのに半値とは、版余りでそろそろだぶついて来てるのでしょうか。

 ネットでも、「マンガと京アニ版は別物」とはよく言われますが、確かに一読してアニメ版とは構造も構成も異なっています。それは本来4コマの原作をアニメにするのだから、ある程度の改変は仕方ないとしても、それに準ずる形での、キャラ性格改変の部分が、私には鼻につきました(精読を終えてからはまた異なる印象を抱きましたが)。

 まず、 唯がアニメほどボケボケキャラでないことです。
アニメ版の唯はまず「うん、たん、うん、たん」をはじめとして能天気なユルダメキャラが強調されていますが、原作では軽音に対しアニメほどノーデータではありません。
 それどころか唯の抱く軽音のイメージとして、一話でいきなし「クラ○ザーⅢ世」様が想像の中で唯を罵倒する、なんて描写もあるほどです。
 演奏に対するモチベーションもアニメより高く見える描写もたまにされ、アニメの幼稚園児キャラより常識人ぽく見え、更にはマレにマジ突っ込みを入れる場面もあり、アニメで見られるほどのガッツリヘタレではないようです。

 一方はというと、こちらもアニメよりへタレ要素は少なく、どちらかというとGirl'sバンドのリーターを張れる感じのかっこいいお姉さん、的な性格付けがされているようです。
 怖いもの痛いもの嫌い、恥ずかしがりといった共通項も描かれていますが、概してスマートで意志の強さが強調されています。

 それから。アニメではヨゴレ、ツッコミ担当、引っ掻き回し役に徹しているように見えますが、こちらもマンガではそれほど逆ムードメーカーとして強調されてはおらず、私の眼からすればむしろ可愛くさえ見えるのです。
 突っ込み担当の立ち位置はそのままなので、改変の度合いはわかりにくいですが私からすれば、微弱ですがアニメより控えめな性格のようです。

 そして問題は紬。ネットの書き込みで散見される『百合要素が欠けている』という指摘がありますが、原作を見て合点がいきました。アニメで伺える、お嬢さまでホワホワしてるなんてキャラは「ハヤテのごとく!」あたりでごろごろしてますが、素でこんな妄想百合体質という裏が仕込んであったとは。ただ、原作込みでも紬の性癖が殊更取沙汰されないのは、エロ文脈でなかったり逆にガチな百合に、一般男性の興味が行きにくい、という世の流説に沿っているのでしょう。

 沢ちゃん先生はサブキャラだからか改変は少ないのですが、まっさらな生徒に自分のろくでもない経験を仕込もうという志向性は、教える立場になった私にはよくわかりますし、確かにそのあたりも強調されています(アニメでは軽音部に対し傍若無人なだけ、のように映りましたが)。
 軽音部四人(後に五人)は別格として、だいたい沢ちゃん先生が私の萌えポイントなのですが、そのポイントが更に上がった気がします


 あと和ちゃんがアニメより生徒会役員として冷たかったり、まだ日常描写が少ないからか憂の萌えポイントが少なかったりと、一巻の精読だけで判断すると、キャラもストーリーも結構改変が効いています。アニメに見られたダレつつもやっている練習風景とか、ギター資金調達のためのバイトとかもなく、エピソード引き伸ばしのため日常ネタ放り込みがハンパないです。原作の作者が男性で萌え目的度高め、なのに対し、アニメのメインスタッフが女性で占められていることが、これらの改変、殊に先日も指摘した品行方正路線の要因となっているようです。

 そして、もしアニメのブレイクがなくて単行本を手にする機会があったとしたら、私はこれを「よくできたゆるギャグ付き萌えマンガ」と判断するでしょう。しかしキャッチポイントとしての技術、構成的なアドバンスが作中に希薄で、世間的にはマイナーな「電脳やおい少女」とか「がんばれ!メメ子ちゃん」みたいに一見してドハマりし手元に置く、という前例に基づく事態もなかったでしょう。

 しかし今回、はっきりした要因はわからないですが、マンガ「けいおん!」になぜかどっぷりとハマってしまったようです。そして少なくとも原作版では、オールキャラOKです。だいたい萌え目的のフィギュア集めの嗜好は希薄だったのですが、私の部屋で「放課後ティータイム」の教室セッションが行なわれる、という日が近いかもしれません(^^;
 今回は久し振りに「萌え」全開でした。といって、ハガレンネタでも萌え要素皆無ではありませんが。
 ということで、次回は前回のハガレンネタを続ける、あくまでも予定です。では。
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  # by miyazawa_hideo | 2012-02-12 04:27 | マンガ評論

「鋼の錬金術師」のベースには「魍魎戦記マダラ摩陀羅」が?

 長らく休載していて済みません。
 「宮澤動画工房」を地元佐賀で立ち上げて(宮崎哲弥氏に言わせれば「立て上げて」)以来、自主コンテンツ製作に加え『いわゆる』仕事も立て込み、ボランティア相当が本始動になってブログを上げる発想に至らず、おまけにインフルエンザ香港A型の強襲を受けて安静を余儀なくされ、放置プレイが続いていたのです。なるほど周囲に、最近ブログを上げてない、と漏らすブロガーが結構いるのもむべなるかな、てな感じです。
 でも所詮、お金貰ってヒット数稼ぐ発信ビジネスではないのですから、今年は気楽に参ります。

 んで、これまでは一つの論題を一回の更新で長々と連ねて済ます、というこれまでの圧縮更新を控え、近況を混ぜながら本論は分けられるだけ分けて掲載するようにします。
 同様に、圧縮更新を旨としていた「宮澤英夫マガジン」は、以前の書き方では負担がハンパないのでしばらく開店休業にしている感じです、
 といっても閉鎖はしておりませんので、過去ログをご覧になりたい方は遠慮なくお出でください。

 さて本題です。
 実は私、「鋼の錬金術師」(以下ハガレン)の初見はアニメ1stハガレンなのですか、on air初期でエドワード・エルリックがコートを脱いだ際にあらわにされる機械鎧(オートメイル)を見て、私は思わず「これ、マダラのギミックだ!」と思ったのです。
 「マダラ」とは'80後半に発表された、公称「魍魎戦記マダラ」(正式名称は「魍魎戦記M摩AD陀AR羅A」とややこしいですが)という、角川から出されたマンガやゲーム、アニメ、当時は珍しいスピンオフ作品などのメディアミックスコンテンツ群を指しますが、普通「マダラ」というと「魍魎戦記マダラ(たまに頭に1st)」のことです。
 ここで使われてるギミックとは欠損した身体を補うための義肢で、その辺はハガレンと大差ないですが、戦うことを宿命づけられた主人公やその仲間が持つギミックは戦闘用で、その戦闘用途たるやハンパないのです。
 金属の義肢だから殴る蹴るだけでもソコソコ効くのに、例えば手のギミックなどはすべての骨レベルのパーツが有線で飛び出すのです。敵の尖兵を拳で貫いた後、そこから指先が銃弾のように発射され、その指先に籠もる霊力で尖兵の背後も殲滅する、という徹底ぶりです。戦闘用オートメイルというとブリックズのバッカニア大尉が連想されるでしょうか、当座の敵が魍鬼という人外ですからギミック発動の後はもはやスプラッター展開なのです。しかも、血の流れる頻度が両者にして大差なし、などという共通項も興味が惹かれます。また「マダラ」の戦闘ギミックの中でも、刀や砲身が普通に仕込まれています。

 ただ「マダラ」と「ハガレン」の相違点は、オートメイルはあくまで義肢の延長線上にあり、自身の神経を介した代用四肢の域を越えないのに対し、ギミックとは、身体的欠損を生得的に持つ神に近い種族が、欠損の対価として霊力が高いのを利用し、常人では持てない霊力で動く義肢として開発されたのです。
 つまり逆に言えば、霊力が高くないとギミックが使えない、特に戦闘用ギミックを扱うには天性の資質の上に高い霊力を取得することが求められるのです。

 「ハガレン」では「マダラ」のギミックの操作に必要な天授の霊力が、学習可能な錬金術という知識・技術体系に差し替えられていて操作とは分離され、オートメイルはあくまでよく出来た義肢に過ぎません。もっともエドワード・エルリックは、ウィンリィ特注のオートメイルをギミック並みに戦闘用途で酷使していて、ここにも近似性が認められます。

 しかし「マダラ」と「ハガレン」の近似点は、オートメイル≒ギミックに留まりません。両者の内容を掘り下げると、実に細かいところまでツッコミどころが見受けられます。大まかに言えばストーリーの大筋総体とキャラの立ち方なのですが、その分析は次回以降に回します。

 と書き込みはここまでで、これからまた仕事です。では。
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  # by miyazawa_hideo | 2012-02-04 02:06 | マンガ評論

とりあえず、年頭のご挨拶だけでも

謹賀新年。

 本日の朝も遅くないので、新年の挨拶はこれで留めておきます。

 本来なら昨年の総括、特にここ的には佐賀のオタク集団が催した「栄の国まつり・アンテナだけ1/1ガンダム御輿」や、先日告知していた「シャア芸人・ぬまっちのトークライブ」等の「ガンダム佐賀に立つ」関連のイベントや、その前に自主企画で催した「Cinema Live 8mmフィルムで見る佐賀の過去・現在・未来」なんかのレポートを載せなければならなかったのですが、とにかく書くネタは山ほどあるのに、忙しすぎて自分のブログすら更新する精神的余裕がありませんでした。
 即時性が求められるトピックの場合は割合早く対応し記載するのですが、自分の動きとなるとそれに関わる人に事細かくしゃべってしまうので、目の前ですぐ伝えられて満足してしまい、わざわざブログにに上げるモチベーションが持たないんですよ。言い訳にしか過ぎませんが。

 ともかく、なるべく近々に昨年のレポートや総括、今年の抱負などを載せるべく精進いたしますが、新年を向かえリアルの仕事量がハンパでないので、その間隙を縫って挟み込んでいく形で更新を怠らないようにしたいと思います。では。
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  # by miyazawa_hideo | 2012-01-01 04:20

万事屋一行と共に夜のかぶき町へ

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 もともとは仕事の依頼が目的で、そんでせっかくかぶき町なんだから飲み食いがてら、まあ接待という形を取ったのですが、彼らは出端から飲み食いonlyに喰いついてしまい、およそ仕事の話が出来る環境にはありませんでした。こちらもチャイナ娘対策に十升炊飯とかいろいろ店側に発注していたのですが、、ことごとく水の泡でした。
 ほとんど追い出す形で撤収させた後、店に残っていたのは当方名義の大量の領収書でした。
 仕事のことが伝わったかどうか未確認ですが、その時は恐らく馬耳東風状態でしたでしょうから、後で書面をガッツリ作って素面なうちに署名と判子を貰う算段です。

 という二次創作は置いといて、前々から「銀魂」のフィギュア、特に万事屋一同を揃えたいと思っていましたが、銀ちゃん以外のグレードの高い物品はなかなか見つからず、方々当たっていたところ15cmサイズの神楽と八っつぁんが安くて手に入ったので、前々から目を付けていたでっかい銀ちゃんを入手し、ご覧の通り万事屋が一同に会しました。もちろんそれぞれのキャラでは、市販品でトップグレードなモノです。

 でもなんか銀ちゃんの着流しの陰に、無職に改造されたまるでダメなおっさんが見え隠れしていますが、いちいち気に留めず暖かく見守ってあげるのが、彼への優しさのルールってもんです。

 で、そうなるとまた次の欲が出てきて何をそろえようかな、と考えましたが、真選組だと割とありがちだし、ヅラはハイグレードで出てるけど縮尺の近いエリザベス将軍はまだのようですし、私の「銀魂」中唯一の萌えポイント、お妙ちゃんと九ちゃんはフィギュア化の噂さえ漏れてきません。
 今回やっと漢を見せた坂本竜馬の海援隊Ver.もまだのようですし、アニメがロングラン体制で行けるとすればいろいろ仕掛けを出して欲しいものですね。

 あ、今期のEDに出てたお妙スーツ装着Ver.、これはniceだからがんばって自作してみようかなー、などと考えていたら、アニメ以外の仕事が山積みになってるので、とにかくそっちを先に処理していかなければなりません。
 特に、先日にもお知らせした自主製作映画「死刑代執行人」は、撮影は終わった感じですが処理関係がまだ残っており、納期もリミット有りなので急務です。その辺については、また何れ細かく情報を出していきます。

 では。
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  # by miyazawa_hideo | 2011-11-16 02:31

今日の「銀魂」について

 先々週から、何かずーーーーーっとイヤな予感はしておりましたが、もう何も申しますまい。
 ただ、一言だけ言わせていただきたい。

 アスラン・ヅラでした。
 では。
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  # by miyazawa_hideo | 2011-11-15 00:20

佐賀駅前に新しいホビーショップが出来ました

 先日の土日、私が企画・映写技師・司会進行を担ったイベント「8mmフィルムで見る佐賀の過去、現在、未来」も無事に終わり、いや無事どころか関係者を含め周りまでも異様にに盛り上がっちゃって、これからまたいろんな新企画や仕事を進めなければならない状況に陥り、嬉しい悲鳴を挙げているところですが、このイベントについての詳しいレポートは落ち着いてから「8mm技術保存研究所」で公開することにして、今回はいろいろ動いている中で親しくなったお店を紹介する記事を載せたいと思います。
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 ホビーショップと言えば、いわゆるマンガ、アニメ関係のフィギュアやグッズを販売しているお店です。他に佐賀でその手の店を挙げるとすればマンガ倉庫佐賀店、ゆめタウン内のホビーゾーン、モラージュ内のアニメイトなんかが出てきます。

 が、そんなところはチェーン展開してたり販売組織として固まりすぎていたり、もちろん中央からのプッシュがあれば最新アニメのグッズを早期入荷するのが可能、とかいうメリットもありますが、組織の大きさ故、上からの押し付けもあるのか対応面での小回りが効かず、お客さんとのコミニュケーションが密に出来ないように伺えます。

 そこへ行くと、この「インスピ」は店舗こそ小規模でマスターの一存により体制が固められ、ただ今こちらではほぼワンピースグッズ押しの状態ですが、お客さんの要望によりジャンルを問わず新規取り寄せや中古入荷も可能で、そういう要望を聞いたり単にオタク話に華を咲かせたり、また店舗が広めでない故にお客さん同士のコミニュケーションが取りやすかったりと、インタラクティブ(双方向情報発信)な利用が可能だということが佐賀における他のホビーショップと一線を画している、と私は見ています。もちろん、お店のカウンターの外と中との距離感もあまり感じられません。私もヒマが出来ればダベりにだけでも行くことがあります。
 要は気軽に話が出来、深い話も出来、タイミングがよければ逸品が手に入るかも知れない、そんなお店です。

 お店の概要は上に挙げたチラシに即していて、買取も行なっています。
 その手の濃いお客さんも、ボチボチ集結しつつあります。
 そして私も単なるお客さんとしてだけでなく、発信者の一人としてお店を盛り上げるための仕掛けを小さくちょこちょこ盛り込んでみよう、などと画策しています。
 佐賀の他店とは物量(クォンティティー)の面でディスアドバンテージを喰らっていますので、こちらはクオリティーで勝負せざるをえません。ですからその方向性で推し進めることになるでしょうし、私も微力ながらその一翼を担い、将来的にはハッカー(ここでは、深くて前向きなオタク、の意)のたまり場になってくれればな、と期待しています。

 場所が駅前北口に極めて近いので、ご興味を持たれた方は佐賀駅北口を出て西(長崎・佐世保方面)にまっすぐ行ってみてください。連絡先は090-1194-7606です。運がよければ私がいて、オタク属性のファンネルを飛ばしまくってます。では。
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  # by miyazawa_hideo | 2011-11-09 02:39

佐賀市内「歴史民俗館」にて佐賀にまつわる映像イベントを催します

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 前々から自前で8mmのイベントやるイベントやる、とネットでもリアルでも後ろ盾も乏しいのに大言壮語していましたが、この度ようやく佐賀市の方で企画が通って、今秋にイベントが開催される運びとなりました。
 イベントの内容については、上記のチラシ(これを拡大印刷してポスターに仕立てます)に表わしてある通りで、会場の管理責任者である佐賀市が予定を違える事態でも起こらない限り、変更は加わらないものと考えております。
 上記のチラシでは記載すべき最小限の情報+αで収めていますが、当初の予定にない変更が生じた場合、当ブログおよび私が管理する複数のブログ経由で逐次お伝えいたします。
 もちろん当日配布するプログラムには、当日の上映スケジュールを明記いたします。

 それとこれは小情報ですが、本イベントで古いフィルムばかり扱っていて一般のおさん客には問題なくとも、作家でもある主催者としては物足りない、と春前より新作8mm映画の企画を立てておりました。そして始動以降、マネジメント面も撮影進行も極めてうまく行っていたのですが、 肝心のフジカラーラボの対応が先日さらに悪くなり、特に当初向こうが提示していた現像期間も延びて実際の納品期日も格段に遅滞を来たし、予定では当日に楽勝で上映できるはずだったのが、今出しているフィルムが来月初頭以降しか上がらないとなっては、本上映会の初公開を見送らざるを得ませんでした。完成すれば今日日のプロ・アマ問わず着目してしまう作品を佐賀から、と思っていましたが、作品のクオリティ重視を主眼とすれば、公開延期は致し方ないことたと考えます、

 ともあれ、地元民談「佐賀にはなんもなか」と称されるこの佐賀で、このような本格的映像イベントを興すのは戦後の映画絶頂期以来のことと見受けますので、ちっょとでも古い佐賀の映像に興味が御座いましたら、上記のポスターをご参の上、柳町の歴史民俗館までお出でください。

 また映像製作を志す学生さん方、映像製作や撮影に興味のある学生と生徒の皆さんは、先人の映像・撮影姿勢を学ぶ絶好のチャンスだと考えますので、課題やarbeitに追われていない方であれば、温故知新の意味合いで一目の価値アリです。

 ともかく、佐賀歴史民俗館で古いフィルムの特別上映会を行ないます。期間内、会場は入場無料です。特に映像にご興味ない方でも、週休の穴埋めながてら、お気軽にお出でください。
 そして下に改めて、期日会場等の告知情報を列記します。 

とき:平成23年11月5日(土)・6日(日)〔両日同一演目〕
ところ:佐賀市歴史民俗館・旧古賀銀行(佐賀市柳町2番9号)
主催:宮澤動画工房(連絡先 080-2741-5176 西岡宛て)

入場無料


それでは皆さんのお越しを、大変楽しみにお待ちしております

宮澤英夫(西岡英和)

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  # by miyazawa_hideo | 2011-10-12 01:54

庵野秀明版「デビルマン」の現出

 たった今、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」を観ました。
 と言っても、後半40分だけですが。
 でも、庵野秀明監督が新劇場版でやりたいことは、大体わかりました。

 もとより私は新劇場版をTV版映像のCG補完バージョンと考え、劇場公開時も足を運ばず、DVDも手に入れたけど未だに未見の状態でした。
 でTV ON AIRのこの折に、残り40分のところで高みの見物のつもりでチャンネルを合わせてみたのです。
 観てないとは言ってもそこそこ情報は入っていて、真希波・マリが出てビーストモードになったりとか、「翼をください」がラストで流れるとか、事前に入れていた瑣末な情報の他はやはりTV版と変わらない、
 と思っていたのですが。

 ゼルエル来襲の下りに至り、劇場版のアスカと似たような感じでマリが開き直って突っ込んでも歯が立たず、特攻をかけた綾波も果たせずゼルエルに取り込まれ(ここはTV版弐拾参話「涙」と同じ構造と見ました)、そして逃げていたシンジが戻って壱号機で出撃し、ゼルエルに肉薄するも活動限界が訪れ、絶望の淵に陥ったところで壱号機が覚醒した、とここまでは前と同じ流れでしたが、直後に放たれたシンジのセリフ、

「綾波を返せーーーー!!」

 これを聞いた私はすぐにもの凄い違和感を覚え、しかし次の瞬間、
「ああ、なるほど!」と納得してしまいました。

 エヴァ終了直後あたりに発行された庵野監督の対談本「スキゾ/パラノ エヴァンゲリオン」で庵野監督は、「エヴァ」は突き詰めれば「デビルマン」をやりたかった、と述べています。
 ここでの「デビルマン」は'70年代に永井豪先生が週刊少年マガジンで連載したマンガ版を指していて、何だか中途半端に終わったアニメ版とは違い、人類が完全に滅びた後デーモンとデビルマン軍団が最終戦争を果たす、という当時としてはとんでもない展開で終結するものでした。
 そしてラス前あたりで人間の心の底知れぬ醜さを知り、人類を守る戦いに意義を欠きかけたデビルマン=不動明が、「いや、おれにはまだ守るべき人がいる!美樹!きみがいる限りおれは悪魔にはならん!」と、不動明の幼なじみでガールフレンド、牧村美樹(立ち位置は綾波、性格はアスカ+マリ)を守る意識を持つことでモチベーションを取り戻す、という下りが存在するのです。
 しかし実際には、恐怖に駆られ悪魔の心を持ってしまった人間自身の手にかかって美樹は殺されてしまい、その結果かデビルマンは人類が自らの業で滅んでしまうのを看過ごし、デーモン≒飛鳥(ちなみに「アスカ」と読みます)了=サタン=エンジェル(天使)と戦うことに全力を費やす、となるのです。

 本来庵野監督がイメージした綾波は明らかに「デビルマン」の美樹で、TV版の二人目の綾波は美樹のように死んでしまいますが、新劇場班:破では不動明が美樹を守りきったかのように、ゼルエルに取り込まれた綾波を救い出してしまいます(新装版「デビルマン」vol.5には、覚醒したシンジが綾波を抱きしめるシーンと極めて似た画が、不動明の夢想するイメージとして描かれています)。
 細かいことを言えば、本来マンガ版「デビルマン」で綾波の中身と渚カヲルの立ち位置に当たるのは飛鳥了(これはラス前で明らかになることで、かなりややこしい構造ですが)であり、美樹は綾波であると同時にデビルマン=不動明を人間側につなぎとめておくための、明自身の良心の役割を果たすはずでしたが、ここの読者はご存じない動乱の'70年代を反映して、美樹は殺され人類は滅んでしまいます。

 一方、TV版エヴァの第拾九話「男の戦い」あたりから、シンジの戦うモチベーションがはっきり見えなくなります。トウジの片足を奪った(本当は死なせる予定だったとか)のを契機に使徒に復讐心を覚えるでもなく、綾波や飛鳥、いやアスカに心を奪われ守る感じでもなく、壁である父親、ゲンドウを越える決意を持つも実行に移すでもなく、飛鳥了となるはずの渚カヲルも自らの手で殺してしまい、監督自身の逡巡を投影したのか果てしない自問自答を最終二話で繰り返したあげく、「僕は僕だ、僕はここに居ていいんだ!」と意味のない自己確認を叫んで終わってしまいました。
 放送直後は私も、哲学、心理学的な意味合いで、世間の騒ぎに反してこのラストはアリだ、とは納得してしまいましたが、確かに何かが欠けているような印象を覚え釈然としない想いを抱き続けていました。

 そしてこの度「破」のラストを観てわかったのは、まさにそれまでのエヴァに欠けていたのが、この「綾波を返せーーー!!」というシンジの意志だったのてす。
 シンジが動くのに人類を守るとか、ゲンドウを超えるとか、そんな大義名分はどうでもよかったのです。不動明が美樹を守りたかったように、シンジは綾波かアスカに惹かれ、そして戦ううちに男として彼女にのめり込み、彼女を守るために戦う、エヴァのあの先を続けるにはそれでよかった、というよりそれが欲しかったのです。そうすれば第拾九話の「男の戦い」という題名が生きてくるはずだったのです。

 しかも「破」のラストで現われた渚カヲル君は明らかに飛鳥了=サタン=天使であり、庵野監督が地球滅亡で終わってしまったマンガ版「デビルマン」のその先を続けるような、そんな勢いを感じてしまいました。
 しかもあの予告編、皆までは言いませんが、あたかもデビルマンの後発作品「イヤハヤ南友」のラストを思わせる言葉が出てきます。とすればエヴァの元ネタである「デビルマン」で滅ぼした人類を、再生させる意図で永井豪先生が描いた「イヤハヤ南友」に至るまで、庵野監督は新劇場版やろうとしているのかも知れません。

 しかし私はこれまでと同じく、大人料金を払ってまで「Q」を観に行くことはないでしょう。劇場公開はスルーし、せめてレンタルDVDが準新作料金になったあたりで押さえる程度でしょう。

 しかし、少し楽しみです。では。
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  # by miyazawa_hideo | 2011-08-27 01:30 | アニメ評論

出張「宮ゲ!」2015年に起動する弐体の人造人間「ジェッターマルス」と「エヴァ初号機」

 また長らくブランクを空けてしまい反省しつつ、更新を絶やさないよう努力します。

 今回のネタは本来、「宮澤英夫のゲーム!特撮!アニメ!マンガ!」の「ジェッターマルス」と後々取り上げる「新世紀エヴァンゲリオン」の項目で記載する予定だったのですが、この二つのアニメの関連性なぞオタクの間じゃ常識以前、と思ってネットの海に潜ってみたところ、やはり記事としてしっかり取り上げているサイト、ブログ、ツィッターが皆無で、例によって某巨大掲示板でヨタ話感覚で書き殴られている程度、ならば私がこの場できちんと整理し紹介しよう、と本来の記載機会から先行させて論を並べます。

「ジェッターマルス」とは1977年からフジテレビ系で2クール放映された手塚治虫原作アニメで、表向きはオリジナルですが実態は「鉄腕アトム」のリメイクです。もちろんアトムに似た思考し自立する少年ロボットが主人公ですが、そのビジュアルがほぼ一緒(例のありえない髪型とか)なのです。その裏には、手塚先生側が「アトム」をカラーでリメイクしようとしたところ、白黒「アトム」の放映権を握っていた所が製作自体を認めず、やむなく設定を代え別物として作られた、という事情があったらしいのですが、本放送当時少なくともマンガ版「鉄腕アトム」をある程度読んでいた私にしたら、明らかに「別設定だがアトムそのもの」と映ってました。
 ただ後年になると「アトム」との違いがうっすらと見えてきて、例えばアトムが人間とロボットとの板ばさみになってその相克を図り悩むのが主眼となっているのに対し、マルスは成長する過程で強くなること、アトムのようにただ技術的にパワーアップするのでなく精神的に成長すること、手っ取り早く言えば「男」として成長することが主軸となっていたようです。佐賀の地でその現物を検証することはただいま直ちにはかないませんが、ネット動画でOP、EDを確認してみると明らかに「アトム」とは違う方面での、具体的には男としての成長を求められているのがうかがえ、特にEDで清水マリさんが歌う「男にならなきゃ」というフレーズと、そのあと女性コーラスで「マルス、あなたは優しいの、それでいいのよ」というフレーズが混在している事態に初見当時、幼心ながら少し矛盾した印象を抱いたことははっきり覚えています。
 ちなみに、OPの転調前フレーズに「時は2015年」という言葉があり、この時代にはまだ明るい未来が展開するもの、と思っている人が多かったようです。

 それから19年ほど経ち、東京で生活していた私はガイナ(GAINAX)がテレ東で新作を放映する、という情報を各媒体で目にし、また凄いSFロボットアニメらしい、という噂を耳に多大な期待を膨らませ、第一回放映直前からブラウン管の前でスタンバっていました。
 そしたらいきなりあのOPが来て、ガイナ及び庵野秀明監督のハンパない気合を見せ付けられたのです。そのOPについては例のタイトルフォントの話を含め後々詳しく論を展開しますが、この場で取り上げる問題はAパートに入ったその瞬間、極太明朝体で次のタイトルが示されたことです。

「時に、西暦2015年」

 そう、この物語は「ジェッターマルス」でマルスが作られる、まさにその同じ年に始まったのです。
 もちろん両作品の間に時代設定、世界設定的な連関はうかがえないのですが、これから成長すると思される主人公(マルス、碇シンジ)が戦闘主体として立ち上がるという構造はほぼ同じで、その活動主体たるマルスの身体とエヴァ初号機が起動するのもこの年なのです。しかしガイナが「マルス」からこれを借りたのは、未来都市が構築される近未来として2015という数字にはリアリティがある、という観点からであり、ストーリー上のオマージュは希薄だ、と私も長らく考えておりました。

 そしてこれらの話が始まる4年前、つまり今年になりますが、久々に改めて「ジェッターマルス」OP・EDを確認してみると、その歌詞の中で思ったより「男」としての「強さ」「やさしさ」が強調されているようなのです。もちろんそんな要素は「エヴァ」の大元ネタ、永井豪先生著マンガ版「デビルマン」「バイオレンスジャック」や村上龍先生著のバイオレンス経済小説「愛と幻想のファシズム」とも合い通じていますし、男の成長を描くとすれば置くべき主軸の一つとして順当なのでしょう。
 それでも本放送中、第拾九話の「男の戦い(「戦」は旧漢字)」というタイトルを目にした瞬間、このジェンダーフリー全盛の時勢になぜこんな時代錯誤的なフレーズを、などと思っていたら、「デビルマン」「愛と幻想のファシズム」とともに思いっ切しはじめのはじめからそんな流れだったんですね。

 それにしても、初回放映当時も各所のオタク雑記帳(今の掲示板の役を果たしてた自由書き込み可のノート)や今は亡きファンロードのシュミ特、普及当初のパソコン通信なんかで結構「2015」ネタが飛び交っていましたが、今では検索結果一覧のトップページにも正確な説明を著わした記事が存在しない有り様です。「ジェッターマルス」自体を知らない世代や、「マルス」を忘れた当時のフォロアーも増えたのでしょう。初見当時は「キタ――――――!」と盛り上がってても、その後の怒涛の展開に紛れて影が薄まったのですね。

 ただ今、自分で企画監督してる映画の撮影まっ最中で、仕事関係以外は更新がままなりません。どころか当分は以前の更新ペースを復活させるのはかなり難しい状態ですので、しばし長らくのお待ちを。では。
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  # by miyazawa_hideo | 2011-07-26 02:39

鬼の居ぬ間の選択、じゃなくて洗濯、というかつかの間の休息

 いやいやいや。
 よく仕事が忙しくてブログを更新できない、というブロガーの自己弁護めいた言い訳は方々でたれ流されていますが、まさか自分がそれと同じ状況になるとは思ってませんでした。

 もちろん、ただいま鋭意製作中の8mm映画「死刑代執行人」の撮影進行に没頭していることもありますし、その作品を上映することも含めて催す映像イベントの企画が本立上がりになって調整に入ってますし、その他もろもろ映像やそっち関係以外の仕事などが重なりかなり立て込んで、ブログを上げる時間があったとしてもそこにまで頭が至る精神的余裕がなかった、というのは事実です。
 しかしそもそも、出版経由で持論が反映されやすい人気作家ならともかく、販路が皆無状態なアマチュア表現者であるならば、いかにメディアがミニマムであれ広く一般に向けての自己表出を怠ってはなりません。

 とはいえ、いったん仕事が転がり出したらホント余裕作れないんですよね。今回も映画の企画が本始動して準備のバタバタも落ち着き、イベントも企画がやっと通って準備段階に入る前で、あと他の仕事も落ち着いてきて、やっとブログ向けにキーボードを叩けている状態です。
 それでも本来なら、その忙しい間隙を縫って更新しまくるのが自分の責務だと考えていましたが、いざそういう状況に陥ってしまうと「ブログを更新する」という発送自体が頭から飛んじゃうんですよね。
 だから私も反省して、せめて週一は更新すべく善処いたします。善処、という言葉でしか気持ちを伝えられないのはもどかしいことですが。

 差し当たって、「8mm技術保存研究所」あたりで製作日誌でも連載することは考えております。もちろん不定期連載、という形を取らざるを得ませんが。「宮ゲ!」もネタは固まっているのに、書く時間がないのでもうしばらくお待ちください。このページでは、まあ、こんな形で、状況報告半分グチ半分の日記を思い立った時にたれ流す予定です。では。
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  # by miyazawa_hideo | 2011-07-20 00:00 | イヤハヤ南友

宮澤動画工房・新作映画「死刑代執行人」製作発表

今夏、九州は佐賀県所在の「宮澤動画工房」における、新作自主映画の製作始動をお知らせいたします。

題名:「死刑代執行人」
あらすじ:幹部候補生として警察本庁に入庁したが、不始末が元で九州の佐賀県に飛ばされてしまった元キャリア組の警部補、馬島拓也。彼は佐賀の地でも懲りずに怪しい捜査を続け、九州方面に逃げのびてきた巨悪に対し、言葉だけを武器に制裁を下す。それを支える不気味な上司、岡部警部。彼らの素性を探ろうと画策する俊英、梶浦巡査部長。それぞれの思惑が錯綜する中、今日も馬島は法の網を逃れようとする狡猾な老人達に立ち挑む。今回のターゲットは元中央インフラ官僚、新村収一。

スタッフ
プロデューサー・脚本・監督:宮澤 英夫(「宮澤動画工房」所属作家筆頭)
製作協力:中村 隆敏(佐賀大学文化教育学部准教授)
撮影:下津 優太(自主製作映画「リア充商店街」監督)

キャスト
馬島 拓也(主演):今村 一希(佐賀大学演劇部)
岡部 正:西岡 英和(筆名宮澤英夫、監督と兼任)
梶浦和樹:黒木 惟(佐賀大学演劇部)
女性アナウンサー:大津 侑子(佐賀大学演劇部)

新村収一役、及び照明・音声等のサポートスタッフは未定。

撮影フォーマットは8mmフィルム、完成予想尺数は約30分。
初公開は11月5日、6日両日、佐賀市内・佐賀市立歴史民俗館の宮澤動画工房主催イベントにてプレミア上映の予定。

以降、自主映画上映会への出品、DVD販売、ネット動画サイトにアップロード、ケーブルTV放映等の手段で公開、配信経路を模索。
附記し得る記載事項は、後々追って補足し更新します。

なお、いま現在、下に示したような絵コンテを作成中です。
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  # by miyazawa_hideo | 2011-07-10 00:08

「マリア様がみてる」を観てる

 先日、いつも機材探しで巡回に行ってる佐賀郊外のリサイクルショップで、レンタル落ちの「マリア様がみてる」が超廉価で放ってあるのを見て、初めてアニメ版を観る機会を設けました。
 原作の小説は結構好きで読んでいて、それでも何のかんので忙しくて瞳子のゴタゴタあたりで止まっていますが、なぜかアニメ版には食指が動かず、先日までチェックを怠っていました。
 んで観てみると、まあ画面構成とカット割りが平板、という印象を真っ先に抱いてしまいました。お話についてはまったくの原作準拠なので特に問題はないのですが、それにしても第一話から演出、というか絵コンテ段階で手抜きめいて見えます。テレビ放映で映像が初出であれば、2004年ならいくらテレ東でも少しは作り込むものと思っていましたが、見た目のテンションの低さは「銀魂」1クール前半以上でした。
 特に、本来立っているキャラが立っていなかったのは大きなマイナスで、当時のロサ・ギガンティア、私の大好きな佐藤聖さまが常識を身にまとい過ぎに見えてたり(祐巳に抱きつくシーンが原作のように変態的には見えないし)、初っ端からいきなり凄かった祥子さまの高踏的な魅力が演出面でいまいち薄かったり、蔦子の偏執狂的なカメラ道がただのカメラ好きに描かれてたりとか、そのあたりの個性のぶつかり合いが「マリみて」の大きな魅力だというのに、音響演出を含めて構成段階で魂を抜かれてしまった、そんな印象が否めません。
 ただ原作準拠だけあって、いちおう原作第一巻相当の三話まで目を通すと、変な意味でなくて祐巳が愛しく思えてくるのは大きなプラスでした。ただ、原作でそれを底上げしている祥子の高踏さが薄いのは、返す返すも残念です。

 今後もよほど手軽に観る機会がなければアニメ版には目を遣らず、読み解く楽しさは原作で堪能することになりそうです。ただアニメ版も、後々凄い演出が施されているという情報があれば問題は別ですが。
 それから佐賀では未上映でDVDが待たれる映画版も、それほど期待が置けないのでしょうかねえ。レビューをチェックする意識も持てませんし。

 ついでに、こないだチラと見たアニメ版「もしドラ」も演出、というか原作そのものからも紹介目的以上の存在意義が見出せませんでした。だったら飛び越して直接ドラッカーの諸著作を精読した方が、私の読書力ではそっちの方が百倍面白く感じられるでしょう。さっき映画版のPVが流れたので、ちょっと触れてみました。
 というか、ドラッカーの名言なんて今や経営の初歩ですがな。

 そういえば、こんな要領で「宮澤英夫マガジン」を更新すれば更新休止状態を抜けられるのではないか、と。論旨を固めた長文を著わすってのは、結構エネルギーが要るんですよ。
 てな感じで、そろそろ「宮ゲ!」を再開したいところです。では。
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  # by miyazawa_hideo | 2011-06-07 23:39

原田知世版「ねらわれた学園」の超展開の内分け

 ここんとこ目がまわるように忙しい日々を送っていますが、忙しいのはブログを更新できない理由にならない、と反省し、なるたけ筆を執る機会を設けます。

 んで先日、「宮澤英夫活用研究」(当ブログですね)のアクセス解析を確かめていると「ねらわれた学園 原田知世 最終回」の検索ワードで一件お出でになってました。「そうだよな、あのTV版は凄かったもんな」と他の方の取り上げたサマを見てみようと自ら検索してみると、思いっきし私の記事がトップページに来ていて、しかも他の記事がおまけのNG集(私はこう呼ぶ)の動画ばかりで、後は某掲示板の片隅で話題とされた書き込みが散見される有り様。
 あの超展開がオタクの間でもほとんど認知されていないとは、日本の創作シーンにとって多大な損失だ、と考えて今回その詳細を私が覚えている限りでご紹介したいと思います。

 まず原作はSF作家、眉村卓先生のジュブナイル小説。だいぶ前にNHKの30分枠で原作準拠のドラマが作られ、それをベースに大林宣彦監督が薬師丸ひろ子主演で角川映画化されまして、一般に「ねらわれた学園」といえばこちらが出てくるようです。内容は原作と違いフルにサイキックバトルらしく、私は未チェックですが他の方のレビューによると「尾道シリーズ」以前の大林特撮全開だそうで、アイドル映画の域は越えなかった、とあります。
 そして、薬師丸ひろ子さんに次ぐ角川三人娘の一人、原田知世さんを主演にテレフィーチャー(実質PV)したのが問題のTV版ですが、これは映像的には大したことはなかったものの、その脚本構成には現在でも通用するほどの鬼気がこもっていた、と私は考えます。

 お話は今も絶えることなく作られる生徒会もので、本作品は恐らくその源流、さらにいえば嚆矢、つまりオタク向け生徒会ものの元祖と言ってよいのでは、と思います。ちなみに当時、生徒会ではないものの学校側権力に生徒が対抗する類の映画が、大人向けには少々あったようです。

 話は原田さん演ずる中学生、楠本和美がある日突然超能力を得(机から落とした鉛筆を途中で止める、なんて画を原始的なビデオ合成で処理してましたが)、同時に校規を正すべく生徒会が力を得、その生徒会長、あの「大映ドラマの女王」伊藤かずえさんが演じる高見沢みちるを中心に強権的な管理体制を敷こうとし、それに和美やBFの関耕児たちが対抗し学園内外で闘争を繰り広げる、というものです。
 ちなみに、この伊藤さん演じるみちるをモデルにして、当時から原田知世ファンだったゆうきまさみ先生が月刊OUTで発表した、モロなパロディ「時をかける学園(ねらわれたしょうじょ)」の中に伊藤かずえさんのビジュアル込みでコピーしたキャラを出し、それをベースにして代表作「究極超人あ~る」の強権会長「西園寺まりぃ」が作られたのです。

 この作品はラスト以外にも伝説が多く、みちる会長に阿諛追従する気弱メガネ少年が「いわゆるオタク」っぽかったり、みちること伊藤かずえさんがスタンドインなしで蛇の生つかみを平然とこなしていたり、この作品のラスボスである未来から来た超能力者、京極とみちるが山中で密会して話をする時、どちらかが宙に浮いてたりするのです。しかも密会の画像がさっき述べた汚い合成処理だったりして、なにしろ低予算TVなのでビジュアル面は逆のインパクトはあったものの、番組総体としてはお粗末なものに見られていた節があったようです。しかし私はブラウン管上に漂う独特な雰囲気、そして知世さんのひたむきさと伊藤さんの雄雄しい存在感に惹かれ、この時期のドラマにしては結構追って観ていました。

 そして本当の最終回に、奇跡が起こったのです。
 低予算的なバトルが繰り広げられた後、京極は強大な力を持ち好意も寄せている和美を無理やり未来に連れて行くことになります。そして京極を好きだったみちるは現代に残ることになり、みちると関は空中に消える二人を見送ります。もちろん関は和美のことを好きであり、「和美は行ってしまったな」的なことばをみちるに漏らすと、みちるはこれまでにない穏やかな笑顔で、
「いいえ、私はここにいるわ」
原田知世(楠本和美)的に言うではないですか!
 そして戸惑いながら「じゃあ、本物の会長は?」的なことを関が訊くと、伊藤かずえさん演ずる高見沢みちるは、こんな風なことを言います。
「高見沢さんは、京極さんと一緒よ」
え~~~~~~~
 一方、京極の腕に抱かれ時間を越える、知世さん演じる和美の姿かたちが映り、その彼女は心の内でこんな感じなことを内心つぶやくのです。
「これからも京極さんと一緒で、幸せ」
 そして和美と関は空を見上げながら、時空を超えた二人に想いを馳せてEND。

 つまり二人は、同意の上で互いの意識を交換し、自分とは異なる他人の体で生きていくことを自ら選んだのです。ただ、好きな人のそばにいたいがため。


 当時これをリアルタイムで観ていた小学生の私はブラウン管の前で凍りつき、
そんなのありかよ~~~
 現代で言う、まさしく超展開ですね。私も幾百本もの映画・アニメ・ドラマ等のストーリーコンテンツを蓄積した今となっては、画作りの荒さを差し引いても充分評価に値する作品だと認識しています。そしてこの作品との接触を機として、私の中で原田知世さんと伊藤かずえさんのステータス上昇はだだ上がり、天井知らず状態になりました。特に伊藤かずえさんは悪役女優ではありません、美しい仕事師です。

 恐らくこの超展開のベースになっているのは、児童小説「オレがあいつであいつがオレで」を映画化した大林監督作品「転校生」なのでしょうが、本作やその他の「オレあいつ」系統の作品は「入れかわった体を、何としても元に戻す」というのがメインコンセプトになっており、観客のこちら側もそういう流れが当たり前だと思っていたところ、知世版「ねら学」は「意識が入れ替わってても、それで良ければそれでいい」という、相田みつを先生真っ青の空前なオチを突きつけてきたのです。
 当時まだ小学六年あたりだった私は、何がどうなってんの状態で正直訳わかんなかったです。

 そして今や幾百本ものコンテンツを頭中に収め、創作作品に対する分析能力も研鑽した私には、その構成意図はもはや明白です。
 しかしなぜ'80前半のTVでこんな超展開が可能だったのか長いこと謎でしたが、このたび改めてスタッフを確かめると大納得、脚本筆頭(恐らく今で言うシリーズ構成)が伊藤和典先生だということです。
 そういうことなら後年「うる星やつらビューティフルドリーマー」が先進コンテンツとして頭角を現したのも自明ですし、私もこれをリアルタイムで観て、まったく違和感無く受け入れられたのもうなづけます。
 しかも「体が替わっても意識が保てていれば人間存在として自己同一性は存続する」というサイバーパンク的な命題は、「攻殻機動隊THE GORST IN THE SHELL」にしっかりと引き継がれています。


 しかし一昨日、買い物で某SEIYU店内を逍遥していた際、商品告知で貼られていた大型ポップに映る女性の画像を目にして「うわっ、なんて綺麗な人!でも最近の若い人でこんな素敵な雰囲気を持っているって誰だろ?」と第一印象を抱き、その写真をよく見てみると、
思いっ切り今の原田知世さんでした。

 もうガチでそんな世代なんですな私も。では。
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  # by miyazawa_hideo | 2011-06-05 03:16

パソコン復旧作業3

 ここんとこ仕事で映像の編集作業を行っていると途中で急に重くなり、レンダリングや書き込みの際には止まるどころか落ちてしまう症状まで呈してしまうので、もしやと思いパソコンの裏ブタを開けて見たところ、案の定ほこりが累積しておりました。ただちに除染措置を執ったところ、いつもの通常の三倍が戻ってきました。
 しかしそう遠くない前にメンテをやっていたのになぜだろう、と考えたところつい先日、梅雨前の模様替えを敢行しましたので、舞い上がったほこりがこっちに流れてしまったのだろう、と推測。
 いくらスペックや機能が上がったとしても、努めてまめに手を入れないと道具は言うことを聞いてくれないものですね。
 これでパソコン機能のサルベージを行ったのは三度目、現在の愛機・BLACK TOWER 2010 「モノリス」(と命名してます)の代に入ってからは二度目です。

 そんな感じで地元の仕事で忙しく忙しく、しばらくは宮澤名義のブログ更新は滞りがちになるでしょう。
 秋に至れば大層な成果がお見せ出来るつもりですが、そこは撮らぬ皮算用。さし当たっては地固めに専念してます。では。
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  # by miyazawa_hideo | 2011-05-30 03:36

ここんとこ更新が停滞してましたが

 「宮澤英夫活用研究」「8mm技術保存研究所」は9日、「宮澤英夫マガジン」に至っては45日も更新が滞っていました。
 しかし別に、宮澤英夫が精神的に潰れた、とか、もうブログなんていいや、書きたくない、と投げていた訳でもありません。
 実はここんとこ、経済的にも文化的にも停滞しきっている私の地元、佐賀を何とかせんといかん、ゆうことで「宮澤動画工房」も立ち上げたことだし映像の面で何らかの寄与ができないかと思って、いわゆる「町おこし」の会合が市内の各所で興っていたのでそんなところに顔を出し、努めて発言しアイデアを出したり帰ってからもその時に思い付いた構想を企画書の形でまとめたり、そんなことをしているうちにブログ更新の方が滞ってしまったのです。
 そしてリアル面でも忙しいその上、いろいろな手続きをするうち行きがかり上アメブロに登録することになり、やってみると何か面白いことがいろいろできる、何といっても人との出会いの場が多いし中央の業界人との密な接触も可能なので、アメピクも始めたりなんかしちゃったのです。ただアメピグははまるとホントに中毒になって抜けらんなくなりそうなので、セーブして様子を見つつ、とりあえず宮澤英夫Webサイト アメブロ出生所」http://ameblo.jp/miyazawaspeaking/なるブログを立ち上げて更新の際にそのお知らせをするようにしました。
 それと、ツィッターなんかも始めちゃったりしたんですよね。もちろんこちらもガンガンつぶやくなんて段階には入ってませんが、私が面白いと思った識者のフォローして暇いとまに楽しんでます。いちおう「miyazawa_hideo」http://twitter.com/#!/miyazawa_hideoで登録していて、ぜんぜんつぶやいてないのにフォロワーが一人付いてます。
 その他にも再開した自主映画製作のための準備とか、実家の運営整理とか、8ミリ機材をどんどん入手したりだとか、忙しい上にブログに書くべきネタは山ほどあるのですが、キーボードに向かうと別の作業にはまってしまうのです。
 「宮澤英夫マガジン」は私の過去ログ的なのだし情報量も多いので少し放置していてもいいのですが、「活用研究」「8研」は更新してナンボなコンテンツなので、怠慢もそろそろ止めにしたいところですが。
 今晩も市内で会合がありますし、八戸窯の仕事も山積みです。も少し、外で動いています。
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  # by miyazawa_hideo | 2011-05-21 11:47

佐賀の古いフィルムをかき集めてます

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こんなチラシをいま現在、佐賀市内のお店や施設にばら撒いているところです。
 実は先日、いつものようにリサイクル店廻りをしていると、カメラ関係の知識が凄いと言われて特別に事務所内の保管品を見せてもらっていたところ、大量の8ミリフィルム、しかも旧規格ダブル8の山が収納ケースひとまとめにほぼ放置状態でしまわれていたのです。
 そもそもこれが何なのか、何かわかったら店に出せるものはないか、と言われ、その後日にエディターを持参して確認作業を行いました。そして大概は確かにこんにちのホームムービー的な映像ばかりで、一応こちらで精査はするけど売り物にはならないから、と断って1ft一円という算定で引き取ったのです。
 以前にも世界旅行の模様を収めたフィルムを発見した経緯があったので、今度はどんな映像が、と期待のたかぶる中ビューワーを覗いていたら、ホームムービーばかりでなく当時の風俗を記録する目的で撮られたと思われる映像が、タイトル付き未編集で出てきたのです!
 俄然テンションが上がって別の巻を確かめると、今度は昭和40年あたりに撮られたと思される、自宅からほど近い昭栄中学校の年中行事を収めたフィルムが、しかもカラーと白黒混じりでうかがえたのです。
 こんな佐賀にまつわる貴重なフィルムが続々と手元に集まりだし、また佐賀市内外でこの話題を挟むと「うちにもそんなのあったような」という話が湧いてくるのです。
 ちょうどサガテレビとNHK佐賀も古い映像をスポットで紹介しはじめましたし、他にも佐賀の周辺で映像に関するいろいろな動きが見えてきたりして、では私も8ミリフィルムを集めて何かしでかそう、と想起し、上にあるチラシを作成し、「宮澤動画工房」の一部署として「九州8ミリセンター」を設けることにしました。
 もちろん活動はただ集めるだけに留まらず、所有者の方に超安価でDVDに焼いて提供し、個人情報が特定されない映像を拝借して自作の素材に使ったり、またフィルムそのものを上映イベントに活用したりしようと考えています。そして保管関係の機材をそろえ、フィルムそのものを修復保管してまた何処か使いたい向きがあれば提供する展望も抱いています。それと、極端に古いフィルムは劣化を来たして編集機にすらかけられない状態のものがあるので、その素材自体を修復する手立てを考えています。

 佐賀近辺にお住まいでない方には重要な情報ではありませんが、古いフィルムには当然、その当時の景観や風俗が写り込んでいますので、上のようなものがあったらわからないからと捨てる、のでなしに、近くのテレビ局や映像に詳しい方に見てもらってはどうでしょうか。
 もちろん佐賀近郊の方は、上記の番号までご連絡ください。では。
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  # by miyazawa_hideo | 2011-05-12 01:50

エジソンのレコード(EDISON RECORD)

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 昨日、例年通り八戸窯も出店しているので有田陶器市に赴いたのですが、空いた時間でいろいろ店を回っているうち、一件アンティークショップが開いているのを発見したのです。
 通例、有田陶器市期間中は陶磁器店や公共機関、金融機関以外の店舗は閉めているか、陶器市の会場に様変わりしているのに、そのショップだけは通常営業していました。もちろん私が飛び込まないわけには行かず、陳列棚を物色していたところ上の写真にある二点に目が留まったのです。
 最初は右にある、アンティークのナンバースタンプを見つけました。最近は書類関係を全部パソコン作成で処理しているので、ナンバリングぐらいアナログでやったら面白いだろう、と安価だし気軽に手にしてその左の棚に目をやると、上写真の左にある紙製の円筒が置いてあったのです。
 よく見ると「EDISON RECORD」と書いてあり、その左にはあの発明王、トーマス・エジソンの顔写真がプリントされているではないですか!
 まさかもしや、これはエジソンが発明した最初の型の円筒形レコードでは、とおそるおそる蓋を開けて中身を取り出すと、下の写真の右に写る青いプラスチックの筒が納まっていました。
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 画像ではわかりにくいですが、胴の部分にちゃんと溝が刻んであります。これできちんと音が出れば、このレコード部が本物である可能性は高いのですが、今これを再生できる機材は手持ちにないどころか日本でも少ないでしょう。「大人の科学」で出ているエジソン蓄音機を使えばひょっとしたら確かめられそうな気がしますが、現物であれば材質がもろくなっているかも知れず、今のところ確認は出来ません。ちなみに、ロットナンバーの次に刻印されている「I LOVE THE LADIES.」が曲名で、その次のKAUFMANがアーティスト名と推測されます。続けて読むと、なかなか意味深ですね(ドイツ語の解釈も混じってますが)。
 それと恐らく、パッケージの方は本物ではないかと思われます。エジソンと言えばパテント(商標)の鬼でもありますから。もしこれが偽物としても、ここまで細かい仕事をしているのでその当時に作られた、エジソン人気にあやかった精巧なパチモノあたりでしょうから、値段も¥3500だったしさし当たっては購入を延ばして考えることにして、店を出たのです。
 しかし店を出て少し経つと不安に襲われ、一見してこれが何であるのか日本人の九割がまずわからない、とは思いつつ、ひょっとすると目の効くヤツが陶器市ついでに持ってってしまうかも、と頭が至った時にちょうど佐賀銀行が目に飛び込んできて、即行ATMで下ろして買ってしまいました。
 考えてみればエジソンは映画の父のひとり(さまざまな人物が開発競争に関わっているので、発明者を特定できないのです)であり、本人はこれとエジソン社製フィルムを使って開発当初からトーキーまで作ろうとしていたので、縁が薄いどころか大有りだろうと、まあ過程は早まったにしろ手に入れてよかったと感じています。
 こればかりだと有田陶器市成分が少ないので、下にその模様の写真を貼っておきます。では。
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  # by miyazawa_hideo | 2011-04-30 19:06

一号機と二号機

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 先日も書いた映像製作所「宮澤動画工房」立ち上げに際し、いま現在いろいろと機材や資料を集めているところなのですが、8ミリフィルム関係機材や旧来のテープ式ビデオ周辺を充実させている反面、今のところまともに使えるHDデジタルビデオカメラが一台しかないことで不便を感じているのに思い至り、であればこの方面に関しても調達しておこうと考えても、最新式のものはやはり値が張ってしまい、何とか安価でなるべく機能が優れたものを購入できないものだろうか、と画策しておりました。
 当初は私がいま現在所有しているCanon HFS21のバージョンアップ版をローンで、などと考えていましたが、そのCanonの次世代家庭用フラグシップHFG10の現物を目にしたところ、どうしても画質の面で遥かにF21より劣るように感じられ、量販店の店員さんと一緒に検証してみても「微妙」という答えしか返って来ませんでした。ではその一つ上、となるともはや業務用になってしまい、安くともゼロが一個、どうしても余計に付いてくるのです。
 他の製品でもS21以上のアドバンテージは見出せず、ならばいっそのことS21をもう一台増やそう、と方針をシフトして探索していたら、某リサイクルショップで現行実働価格の半分で中古品が出ていて、迷わず購入に至りました。
 持ち帰って状態を確認すると値段どおりの爆弾で、パンニングの後にカメラを留めると、しばらくパンした逆の方向に画面がぶれてしまうのです。同じことが超安価の新品HDカメラにも見いだされますので、恐らく手ブレ補正の機構か回路かプログラムに不具合が生じていると見受けられました。
 そこで使用状況をいろいろ試してめたところ、フォーカス固定や露出設定など施して完全FIXで用いる限り撮影上の問題は生じないことが判明し、ならば手持ちの現行S21をmobile使用に特化することで、一応当分の撮影体制は整えることが出来る算段に至りました。
 上の画像でも一目瞭然ですが、二台ともまったく同じ色とデザインで撮影現場が混乱するとカメラを取り違えて設定がグダクダになる恐れがあるので、即行でナンバリングを施しました。しかし後になってみるとその区分けの名称が現状どうも縁起が悪いように感じられ、であればいっそのこと「壱号機」「弐号機」もしくは「零号機」「初号機」に代えようとも考えましたが、何れにせよ危ないイメージはぬぐえそうにないので、とりあえずこの名称で行くことにします。
 いうまでもなくHDもフィルムも製作工程はほとんど一緒なのですが、HDカメラが二台用意できることでどのような展開が広がるか、そっち方面の製作は私も未踏領域ですので今後なかなか楽しみです。では。
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  # by miyazawa_hideo | 2011-04-26 04:49

3.11

 3.11
 私、宮澤英夫(西岡英和)の誕生日であります。
 そして某メールマガジンなどで、9.11に倣ったのか東日本大震災を指す言葉として用いられています。

 本厄を迎えたこの折、ちょうど私も複数の新しい事業を立ち上げようと画策し、何とか年度代わりには新体制が敷ける、と意気高揚していたところでした。

 その晩にいちおう内々で誕生パーティーなどを開いてもらったのですが、グラスを傾ける傍らテレビ画面から悲惨を超える超衝撃的な映像と、背筋が凍結どころか石化にまで至るような報道が次々と押し寄せ、この先日本はどうなってしまうのだろう、と酔いで紛らすことも出来ず、とりあえず明日は朝一で毛布をあるだけ洗おうなどと決心していました。

 その後の展開は皆さんご存知の通りで、原発の件を覗けば、それでも困難な道のりではあるかもしれませんが、恐慌と比する混乱も生じず(まだ放射能云々でバインドがかかっている部分がありますが)着々と復興に向け全日本が動き始め、全世界も他人事ならざる災厄と見て援助を惜しまない姿勢が大勢を占めているようです。

 そして私も、映像製作において佐賀の素材を自分自身のために利用しよう、という発想のもと活動を展開しようという意向が存したのですが、この度の震災を受けて意識のベクトルが少し変化し、また震災直前に発覚した映像に関する別の要因にも基づいて、ある程度事業内容を変更することにしました。
 もちろん復興支援に寄与する映像コンテンツの製作やそれに類する活動、また佐賀の地盤を一方的に利用するばかりでなく佐賀在住の方々に直接訴えるような映像制作、そしてプレゼンテーションに力を入れることにしました。

 で、何やかやと進めたり指針を変えたりしている状態で心身ともに辛い状態ではないかというとそうでもなく、むしろこんな状況だからこそ燃えております。
 殊に他人のことなど無関心を通り越して、不可侵であるのが得策だと割り切る日本人の風潮を、もとより苦々しく思っていたところですが、コレがあって以来どうでも意識を変えざるを得なくなったようで、自発的に何か他人のために自分が出来ることをしよう、という意向が大勢となり、それと同時に、何々があったから不謹慎と見て自粛しよう、という経済総体の遅延を招く不毛な形式的思考停止に陥る頻度も少なくはなったようです。それでもまだ、直接被害や影響の及ばない地域の愚者が被災地に想いを馳せないばかりか、被災者の気持ちを汲もうとせず自分たちと同じ環境にいる感覚で、勝手な言を弄ずる例も少なくありません。

 しかし震災以前の日本人に蔓延していた「豊かで当たり前」という贅沢で愚昧な空気は取り払われつつあるようですから、私のように「自分でやろう」と考える人間にとって動きやすい環境にシフトしかかっているのは事実で、この基盤の元でいかにさまざまな展開を仕掛けていこうか、などと楽しい悲鳴をただいまの私は挙げております。

 ということで、何の因果か折も折、私の誕生日に日本の危機が始まってしまいましたが、私自身はこの逆風をセイリングテクニックによって正の推進力に変換するつもりです。
 そのメルクマール(指標)として、事業自体は既に動き出していますが、ここで正式に、

映像製作所「宮澤動画工房」立ち上げを宣言します。 そして発足期日は、いかにもな感じですが2011.3.11と致します。
 こんな状況下なので、本始動はしばらく後となります。始動後の活動予定などはまた後ほど、追々固まり次第お伝えすることに致します。では。
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  # by miyazawa_hideo | 2011-04-05 01:22

どこが先にやってくれるか気になっていましたが

 本日午後五時、私が別の仕事場で製作に勤しんでいたところ、仕事場据付のFMラジオから「NISSAN 安部礼司」が流れてきました。
 私もよくこの番組を耳にしているのですが、正直サラリーマン悲哀モノの域を越えているとは言えず、そう重要視(重要聴?)していませんでした。
 そこに、本日の放送は震災の話が多分に盛り込まれおり、現在の東京のビジネスシーンが別の角度でうかがわれてちょっと面白いかな、と思っていたら。
 五時四十五分ごろ、仕事に疲れて帰ってきた礼司の前に、押入れに隠れていた刈谷が飛び出し、いきなり、
「おはようなぎ」
「いただきまうす」
「こんばんわに」
「さよならいおん」
 と、例のクド過ぎて苦情殺到必至なACの穴埋めアニメCMをネタにしまくって連呼し、挙句の果てに、
「た~のし~い~な~かま~が、
ぽぽぽぽ~ん!」
 もう私、作業台に突っ伏して激笑しました。

 しかし私も、他に流すべき商用CMがなくての苦肉の策とはいえ、キャラも歌もコンセプトも'70年代のゆるい感じを表したあのアニメーションCFの頻用に対し、正直最近はいらだちすら覚えている状態でした。そこで誰かがアレをネタにして、批判めいた表明をしてくれないものだろうか、と考えていたところです。
 もちろん草の根や匿名書き込み方面では百花繚乱でしょうが、殊商業ベース、しかも全国に発信するメジャーなメディアでは無理だろう、とタカをくくっていたら、安部礼司から流れてまいました。。
 これを全国放送で出す英断を製作側が下したのは、ひょっとすると社長のカルロス・ゴーンご自身の出足が早かったので、その関係なのでしょうね。
 ともかくこれで、他の番組やメジャーコンテンツもネタにしまくるでしょうし、時間的な問題もあってそろそろ本編を引っ込めることになるでしょうね。
 私としては、あのCMの製作者、製作会社を知ってみたいところですが。では。
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  # by miyazawa_hideo | 2011-04-04 00:00

いつのまにやら「管理人さん」に

 このことは別に隠していたのではなく、明らかにする必要がなかったので書かなかっただけですが、実は私の家ではアパートを持っています。なぜそんなものを持っているのかというと、それを説明すると相当量の字数を費やしてしまうので、ここでは割愛します。
 そしてこれまでは管理会社にマネジメント全般を丸投げしていた状態で、放っておくと本来必要のない諸経費がガンガンかかるばっかりだったで、平成23年度から私が表に出て行って何やかやアパート管理の仕事を進めていこう、ということにしたのです。
 そしてアパートの管理とはどんなものなのか、と考え、管理会社の人とかといろいろ話し合いをしていると、なぜか頭の中で管理の手順がスムースに浮かび、打ち合わせの場で段取りなんかが自然に組み上がっていくのです。
 そんな具合にアパート管理の仕方を前々から把握しているような状態だったので、なぜだろう、と思いつつ防備のメモをながめていると、「管理人」という言葉が目に飛び込み、「ああっっ!!」とひらめいたのです。
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*マンガをそのまま参照すると版権に触れるので、二次使用のイラストを貼ってます*
 そう、私は青春時代に高橋留美子先生の代表作「めぞん一刻」をさんざん読み込んだあげく、「管理人さん」音無響子さんの行状が自然と頭にストックされ、知らない間にアパート管理の仕事を学んでいたのです。
 響子さんの管理するボロアパート「一刻館」とはそれはもうひどいところで、大正時代に建てられたままと噂される老朽化した建物で、踏み込むと抜ける腐った床がいたるところにあり柱もシロアリに喰われ放題、住人も東京二十三区内では極安の家賃に惹かれて来た有象無象で、昼間から酒を飲む主婦(一の瀬さん)、何の仕事をしてるかも、どこの誰かもわからない正体不明を絵に描いたような男(四谷さん)、アパート内を半裸ネグリジェで闊歩する水商売の女(朱美さん)などが比較的まともな主人公、五代裕作と響子さんを引っ掻き回し、そんでこの二人が恋仲になるならないでゴタゴタがまた生じる、というのが話の軸です。
 四谷さんが五代くんをからかうために壁に大穴を開けたり、真昼間から何かのきっかけがあるとすぐ廊下で大宴会が開かれたり、そんなのを素人管理人としていちいち相手にしたり拾ったりする響子さんを見ているうち、その仕事ぶりが頭に入ったのですね。

 そんでもって私もアパートの管理人として、何らかの形でこのたびの災害に貢献でもしてみたい、などという考えを抱いております。では。
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  # by miyazawa_hideo | 2011-03-31 13:52

アニメじゃない!

 いやいやいや。
 これまでの福島原発に関する報道で、よく耳や目にした言葉が、
「二号機」だの、
「三号機」だの、
「暴走」だの、
「臨界」だの、
あげくの果てには「外部電源」てな具合で、
もうまんま「エヴァ」ですやんか。
 さすがに、「初号機」という言葉がメディアに乗るなんてあり得なかったですが。

 原発異変を伝える最初の報道に接して、私が即「ヤシマ作戦」を想起したのもムリありません。
 「事実は小説より奇なり」なんてことわざも真っ青の、リアルとアニメのクロスオーバーですね。

 そして現在に至り、どうも電力供給が多少なりとも可能になったようで、少なくとも核爆発の懸念は希薄になり、これで当ブログおよび私が管理するブログ群にかけていた「緊急事態シフト」を緩和することにいたします。
 しかし地震の被害が拡大するサマを報道で追ううち、私は「新世紀エヴァンゲリオン」的な惨事よりも、その大元の元ネタ、マンガ版「デビルマン」のように人間総体が精神的終末に至ってしまう事態をマジで恐れていました。
 しかし世界中のメディアで躍った言葉にもあったように、原発関係を除く、日本および日本人の対応そして態度は、この大災害に際しても極めて冷静に保たれ、かつ他人を思いやり助け合う心を失っていなかったことは、私にとっては極めて喜ばしい、極めて大きな誤算でした。
 正直なところ、常々私は「日本と日本人はいっぺんダメになってしまって、もういっぺんドン底から這い上がるより前に進む術がない」などと苛立ちを覚えていましたが、思わぬ形で本当にダメになりかけたところが、自然の方が後の一歩を留めてくれて、大半の日本人を目覚めさせてくれたような気がします。
 所詮地球は、人間のためだけに存在しているのではないのですが、こんな展開を目の当たりにすれば「まだまだ人間、いけるかな?」などとも考えたりしてしまいます。

 で、「ヤシマ作戦」が功を奏して、次の手は支援の拡充だろうと考え、そこで例によって「元気玉作戦」なるものを思いついたのですが、当ブログで提案するはるか前、もう本家本元が動画なんかで呼びかけてらっしゃいました。やはり日本のクリエーター、考えることは同じなんですね。
 そして乙武さんのTwitter上で「出た、不謹慎!」なんてあたりのヤツと意識上、連動しているのは確かなようです。
 まあそれでも、いちおう私が考えたコピーを顕わしておきます。

みんな、オラたち(東北のみなさん)に元気をわけてくれ!!

 遅きに失した感もありますが、ムダだと言ってやらないより今やれることをやること自体が重要ですから。

 短く近況報告を致しますと、今年の角川主催の文学賞への応募は思うところあって見送り、基本四月前後の新事業立ち上げ準備に終始している状態です。
 そんで買い物をしたりした時、支払いで手元に渡されるつり銭を即レジ併設の募金箱に投入してますし、ただ今は用途のない死蔵されてた毛布を念入りに洗い、公共機関に寄付する所存で待機しています(窓口が仕分けで混乱しかけてるようですし)。あとポイントカードに溜まったポイントをそのまま義援金に当てたりなどもしています。

 テレビなんかも不必要な自粛モードを速やかに自粛し、想定より早く通常営業に戻りつつあるようです。
 結局、変に意識を膨張させ萎縮するなく、各人が個々の生活を営みつつ打てる手を少しずつ実行に移すことが肝要なようです。
 そこで、最後にもう一アジテーションを。

元気出していこう、日本!!

 あと、ムダな買占めが被災地の救援に支障を与えることはもちろん、直接の影響が及ばない地域で焦燥感に煽られて、考えなしに動くのはムダ以上の何ものでもない以上、長く大量に保持していてもそれらの物資が必要になった際には消費期限や耐用年数を超えてしまうことも考えられ、いざという時に使えない可能性が多々あります。その手の備えは必要最小限の分量に留め、管理を怠らないことが適切かつ重要です。
 では。
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  # by miyazawa_hideo | 2011-03-23 02:21

カオスなのか健全化に向かってるのか

 私が四十路に一を足す積年に至ってまもなく、何やら日本国内でとんでもない災害が生じているらしいとの一報がメディア各方面を駆け巡り、ほどなくまるでSFXのような映像がバンクで流れる他は、報道フロアーでのベタ張り付きがテレビ画面を占めるようになりました。

 それから大規模な津波やまるごと崩壊した街々、そして原発の爆発という有り得べからざる映像が画面をにぎわし、ニュースキャスターの深刻でテンパッた顔からCMに入ることもなく、まさしくテレビの編成は緊急事態という言葉がふさわしい有様でした。

 それから二日ほど経ってようやくAC公共広告機構のPVが流れるようになり(キャスターは出ずっぱりだと多大な疲労とストレスがかかるのです)、原発関係以外は少し落ち着いてきたかな、と思ったら、一週間も経たないうちに商業CMとバラエティーが復活し、昨日あたりから放送時間の1/8ほどは、CM以外は通常に近い放映形態に戻ったようです。

 もとより私も、不謹慎だから自粛などそれこそ不謹慎、惨事だからこそ早期に経済を回す施策をはかれば復興も早められる、という持論ですので、報道onlyより通常放送に編成が戻りつつあるというのは喜ばしい事態でした。
 しかし、そうなると地震の影響でコンテンツ全体のストックが少なくなり、多少「いわゆる不謹慎」に思われても先週放映予定の番組を流すより他にない、ということで、抑えてはありますがノリ自体も本放送に近くなってまいりました。

 そんな中でも「これはとんでもなく微妙で面白い」と感じたのが、先週は飛んでしまったBS11のアニメ、「お兄ちゃんのことなんかぜんぜん好きじゃないんだからね!!」でした。
 その直前にCSで「続・夏目友人帳」を観ていて、これこそ「今すぐただちに」のみならず、今の日本を生きる若者総員が観ておいてよい優良コンテンツだ、などと感慨を抱いたのですが、そのすぐ後に「お兄ちゃん」です。

 その手の話は往々にして、後々に人の絆とか、人同士が結び付く難しさを訴える内容に帰結するものですが(「そらのおとしもの」などは好例)、この「お兄ちゃん」からは、ひたすら青少年と一部のおっきいお友達のリビドーを加速させる内容しか見出せないのです。
 「不謹慎」「くだらない」という言葉を安易に羅列することを、私は作品論評を行う上で禁じ手にしているのでどう分析しよう、と考えたところ、どうも男女共学とか男女共同参画とかお題目を掲げてる割には、みんな異性との接し方がわからないのではないかと、そこで根拠なくモテまくる男主人公を据えて、両性の互いの欲望が衝突するサマをキャッチーに映し出すより表現のしようがないのかな、などとも考えてみました。
 ライトノベルを単なるやる気のない若者の捌け口の一つ、とドグマティックに規定する論者は自身の読み込みの浅さを自覚した方がいい、などと私も考えていましたが今や、他のメディアからアニメされた作品のすべてが佳作以上のものばかりでない、むしろ佳作にとどまってることさえ既に価値がある、という方向性で以って認めざるを得ない、そういう段階にまで日本の映像コンテンツ産業は惨状を来たしているように思われます。

 いつもの重機で掘り起こすような分析になってしまいましたが、今回は本来、こんな番組が被災よりほど立たず流れるのはカオスな状況になっているのか、それとも要らないタブーを設けない健全な方向に向かっているのか、という話を展開する予定でした。災厄を紛らそうと当ブログに立ち寄っていただいた方、まことに申し訳ありません。

 本当ならば、原発のアレについての意見をかなり忌憚なくダダ並べなどしたかったところでしたが、この件に関しては後々、別のフォーマットで別の切り口を用いて何らかの表現物を提示しよう、と考えておりますので、しばしお待ちを。

 この処の私自身はというと、この際ゆうことでテレビやネットにかじりついてばかりでなく、ここんとこ結構外に出て、少なからぬ仕事案件をきっちりこなしてました。だから今はけっこうヘロヘロです。
 それにいま私が出来る限りの援助も、惜しみなく続けています。
 今のところ原発以外の初動対応が功を奏し、「ヤシマ作戦」などの民間協力も後押しとなり、次の段階へ移行して支援の体制固めに焦点が集まっているところですが、どうしてもネックは原発、ということになってしまいます。
 次に私が動くときは、本当に痛烈にやるつもりです。キーワードは「計画停電」です。請うご期待。では。
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  # by miyazawa_hideo | 2011-03-19 03:31

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